恵比寿駅はあの夜とは全く違う明るさと喧噪があり、私は別世界にいたのではないかなと思ったり、あの夜と同じように苦しくなったりする。遠い夜のこと。
仕事で夕方から現場に入っていた。あるイベントの取材で、数十人がフルコースを食し、合間で撮影をしたり、話を聞いたりするものだった。主催者の指名で私が取材をすることになったが、3時間壁にくっついて立っていて、お腹が空いたなと思いながら、だんだん、空腹のあまり気持ちが卑屈になっていた。
仕事が終わり、遠く離れた人に電話をした。夜の駅までの道を歩く。寒くて歯がガチガチ鳴っていた。何度かコールした後、留守電になり、しばらくしてコールバックがあった。しばらく話して、今日の仕事がなかなかにしんどくてね、と話しているうちに自分の悲しみスイッチが入ってしまう。あなたのことを忘れようとしているけれどできない。いつかまたあの公園で寝転んで話したい、と言ってしまう。これを言ったらもう終わるんだと知っていた問いだった。うん、そうだね、きっとできると思うよ。優しくてはっきりと斬り捨てることはないその人の声のトーン。私は初めてその人の知るところで泣きじゃくった。高架下でしばらく話をしてから電話を切った。
地下鉄に潜る。改札を抜ける。こんなヨレヨレでも右手はポケットからスマホを取り出して、決まり切ったようにかざす動作をする。日比谷線の空いている席に座る。涙が止まらなくなる。あまりに泣いているので隣に座っている女性が私をじっと見ているのがわかる。何か聞かれたら今さっき失恋しましたと答えればいい。ティッシュは使い切り、タオルハンカチで涙を拭いていたけどそのハンカチさえ役立たずになり、お腹はぺこぺこなのにずいぶん自分には水分があるんだなと思った。ヒールが太くて高いブーツを履いたその女性のコートが私のコートと触れ合っていて、見知らぬ人と隣り合っていることに私は全力で頼っていた。俯く自分に注がれるその視線が心強かったのだ。