日常 - 言葉について

のっぺらぼう

今朝は原稿をぐぐっと集中して仕上げた。先日、友だちにも話したあの言葉を取り入れた。
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厳しいことを言うようですが、あなたの悩みは、「空いているから雨の日にディズニーランドに行ったのに、雨に濡れるのが嫌だと嘆いている」ようなもの。空いているから、行くって決めたのでしょう?
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冒頭近くにこういう強い言葉を置くのはよくあるテクニックで、突き放すわけではない。原稿では引き続き、あらためて対処法を模索していくのだけど。つくづく人の悩みってこんなのばっかりだよなと思った。

空いてるから楽しいって思ったんだよ。でも雨で濡れちゃった。寒いよ。あ~あ、もういやになった。なんてね。

そう呟いていい。

うん。空いてたら楽しいって思ったんでしょ? でもじっさいは濡れると冷たいよねー。

自分でさらーっと同意する。

だってもう一回歩き出すんだから。雨に顔をしかめて、水たまりを踏んづけて笑ったりもする。翌日、洗った靴を乾かして、雨のディズニーも思い出だよねって。

今日、書店に行った。書店は自己啓発本が多数を占めていて、手に取りたい装幀、タイトル、見当たらなかった。あったらいいなと思っていた、マークしていた書籍は置かれていなかった。柳の下のドジョウを追うような似たタイトル、書体、使われる写真とレイアウト。こんなんだったらウェブのほうがましだ。書籍がのっぺらぼうに見える。この書籍を読むのもまたのっぺらぼうなのではないか、なんて息苦しくなり、気持ちがしぼんでいく。また決壊しそうだと思ったからぶんぶん歩いて、サイクルショップに行って、いろんなグッズをちらりと見て、無言で歩き回った。
私には自転車がある。今日も生きてる動いてる、と念じた。今日書店で感じた違和感について考え続けようと思う。それは「書き手」と言われている自分が取材のときなどに出会うのと地続きの違和感で、業界の変貌の潮目はとっくに過ぎているということで。自分はどこで書いていくんだろう。考えなくてはと思った。

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