殺される夢のことを書いて、夢にしておけばいいのに
夢を辿って繰り返し思い出し精度を高めて、
だんだん、なんでこんな夢見るんだろうと思い始めていた。
そのうち、胃が痛くなってきた。
殺されようとするくらい、ひどいんだ自分はと思い始めた。
どうして? 何が悪い? 何が悪かったの?
考えすぎは、苦しさにエネルギーを注ぐだけだ。
いいかげーんに考えておけばいいんだきっと。
それが自然にできている人もいる。
いいかげーんになろうと、真面目にいいかげんを究め始める人もいる。
笑っちゃうよね。泣けるよ。
うつの人が運動をやりはじめると、「苦しんで、乗り越えよう」と
頑張り始めるんだって。
今日より明日はもっと長く走る、もっとタイムを縮めていくって。
苦しいのを乗り越えた、っていう事実で
喪失を埋めようとする、失った自信を取り戻そうとするからさ。
苦しくないといけない、乗り越えないといけない、
その自分ルールに潰されて失敗する。
いったん故障した人は、
「中断する練習」をする。
5km走るのが正解? いいえ。5km走るなんて、なんの意味もないこと。
5km走ろうとして、苦しいと感じたら止まって帰ってこよう。
中断して引き返した自分が素晴らしい。
明日やろうと思ってたけど、今朝やりたくなかったら、やらない。
人間関係でも、避ける練習、保留にする練習。
そのうち、輝いていた「苦しみを乗り越える自分」は色あせていく。
そんな原稿をこれから書きます。
初めてコメントします。
「殺される夢」って吉夢らしいです。
だから大丈夫です。
思っている以上に 自分の習性を修正する (言葉遊びではありません)のって
ものすごく時間の掛かる事だと思います。
自分の視点をズームカメラやアームのついた三脚に置き換えて
極力 単焦点 ではなく、マクロやズームに切り替えて、時に宇宙まで引いてみたりして。そうすると「この単焦点で見つめているそれは絶対的に正しいのか?」って疑問に思えてきます。
これを日々日々繰り返して。苦しくなったら視点(思考)を変えてみる。
きっと効果が出てくると思います。
同じものが好きで、食べ物の好みもあんなに近いんだからきっと同じだと思います。笑
書き終えて再度読み返したら、最後に書かれている「いったん故障した人」に近いなって思いました。故障した自覚があるので、うんうん、そうなんだよなって再度納得しました。
Umiさん
コメントしてくださってありがとう。
苦しくなったら思考、視点を変えてみる。
そこでの思考や視点のことを「シール一枚のもの」みたいに捉えていたかも。
マクロやズームと言われて、手でじっくり操作するようなことなんだなって
立体的にイメージが湧きました。
そして、ちょっと故障してるから仕方ないなとも思った。
吉夢を2回も見てしまった。故障中の吉夢なら、取り込んでいくべきだ。
シール1枚で書き換わって、なにかに変わるなんて、
そんな薄っぺらいものじゃないよなって力強く思った。