日常

優しいソルロンタン

きのうは久しぶりに夜活動をした。
いつもはお風呂に入って布団に潜り込む時間に街中を歩いてた。

基本的な毎日では、朝5時半に起きて7時ごろ仕事を開始して夕方5時ぐらいまで書いて夜7時にお風呂に入ってあとは本を読む。そのおおまかなラインの中で、取材に出かけたりZoomで打ち合わせしたり、資料を読んだり、仕事時間の中にはいろいろな出来事があるけれど、繰り返す毎日のなかに飲み込まれて埋没していく。
お坊さんみたいに暮らしていると、体の基本リズムみたいなものが固定化してきて、淀みみたいなものが抜けるチャンスがなくなる。掃除機で吸い込んだあれこれが詰まって嫌な音を立ててもそのまま動かしてるみたい。心もギクシャクしてくる。忙しいことは退屈なことなのかも。

震えるほど寒い、とか、息が上がって苦しい、とか。固定化したものから抜ける機会を作ったほうがいいんだなと思う。

このあいだ京急線ホームで電車を待っていたら、やってきた各駅停車が4両編成で、乗客たちの多くは階段から上がったところで待っていたから「まもなく発車します」の音が鳴り響くなかみんながダッシュした。私もダッシュ。びしょ濡れで、水滴をまき散らしながら滑って転ばないように注意しながら。「発車しまぁあああああああああ、す」と乗務員さんの声がびよーんと伸びる。いつもやってんだろうなこの発声法。楽しそう。ダッシュして汗かいて、そのあと頭が炭酸飲んだときみたいにすきーっとした。

夕べの夜活動も、固定化した日々とはぜんぜん別のものを見て、おしゃべりした。
マブダチは変わらず相当な仕事量で、体壊さないかなと心配になった。私もこのあいだ、真剣に仕事相手から「体壊さないでよ」と言われた。「使える手がなくなるのが怖いのかな? 荷物渡しておいてさぁ」とイケズに受け止めてたけど、本当に心配されてたのかも、と自分の気持ちをなぞりながら思う。

サムギョプサルをわしわし食べる。エプロンして肉をジャキジャキ切ってくれる店員さんの姿勢が良くて腰椎がいいカーブをしてる。「韓国の男の子たちはいっしょにタバコを吸いにいくんですよ」。ふだん読んでる韓国文学で想像してた空気感と答え合わせ。ソルロンタンが信じられないくらいさらりと美味しかった。

夜9時を過ぎてるのに新大久保は生々しく呼吸してる。いつもはウトウトしてるはずの時間に夜の空気を吸って、アイドルの写真とかを見てる。大学時代に分厚いぴあ年鑑をめくりながら、「まだ見ていない映画がこんなにある」と思って胸が高鳴ったことを思い出した。そういう意味不明な高鳴りが世界にはあるんだなと思い出しただけで、自分にはそれがなくっても、優しい気持ちになる。お鍋の底のすみっこに、もしかしたら隠れているかもと信じてもいいかなと思う。

パターン化していた思考や行動を外してみると、静寂のトーンを思い出す。山の手線から流れていくキラキラした灯を眺めて、時間や空間、人間関係の流動性を思う。全て伸び縮みして流れていくだけだ。私も流動性のなかにずっといたいと思った。

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「春が傷みたい お金が嘘みたい 白いごはんをフォークでたべる」の一首が好きだった。

2 Comments on “優しいソルロンタン

  1. たまに いつもと違う は大事にしたいなと私も思うな。
    東京とかに行くといつも思う。
    出来れば出張やホテルに泊まったり
    なんなら1年の半分は別の場所で生活するとか
    そういうのがいいなーと漠然と思う。

    旅慣れてもいないし、そういうタイプではないけれど
    でもずーっとは苦しいと思うことがあるなぁ。

    今日は久しぶりに車の運転をしたよ。
    楽しかったからここからは積極的にいこうと思う。笑

  2. umiさん

    運転楽しかったんだね!すごい!
    私も挑戦しようかな・・・いつもそう思っては立ち止まる運転・・

    いま東京や新宿や渋谷は、観光客や春休みの人達でわんさか。
    でもなんか生きている感じはしなくて、
    ちょっと外れた新大久保の生々しさが強い感じがしたよ。

    ね、ときどき、いつもと違う風にさらされたいね。

    たとえ一日家にいるときでも。そうだ散歩だ!

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