日常 - 言葉について

金魚すくい

6月15日土曜日、こぐまに誘われて大学のイベント『初夏の文芸フェスティバル』「翻訳者たちは語る」というパネルディスカッションを観に行った。

夜のアニメ映画「めくらやなぎと眠る女」上映会の抽選もなぜか当たって、村上春樹さんを目撃した。飄々堂々な人だった。

柴田元幸さんと斎藤真理子さんの話しぶり、二人の仲良しな感じもよかった。

韓国文学をPopとHeavyの軸、愛と恨の軸で分類して、なかでも「恨」=ハンはいろいろな意味を含む。解放とセットで認識できるという話や、済州島4・3事件、光州事件と文学が果たしている役割、韓国では言葉を扱う人はそれが使命として尊ばれる、知識人の役割は大きく期待されるといった話が面白く、読んでいるチョン・セランの「八重歯が見たい」でもそんなお話が入っていたなと気づいて嬉しかった。

斎藤さんの語る韓国文学の魅力は

・歴史が個人を貫通する命中感

・社会の中の個人を生き生きと描くなかに似ているようで違う自分を発見できること

・SFであっても社会問題を扱う、ポリコレのエンタメ化

・情と理屈の共存

など。

北欧の小説や映画、ドラマとも響き合う要素。北欧は移民問題や貧富、エネルギー問題が入る。

二人のなかで「こんな翻訳はダメだ」というのは「わかっていないで訳しているもの。ごまかしているものは分かるんだよー」という話、それはどんな原稿にも通じることだと思う。

私も昨日と今日は肝臓の勉強。あまりに壮大すぎて何に的を絞って聞けばいいのかつかめない。金魚すくいの網が破れまくってる気分。でもきっとつかめてくるだろう。

柴田さんや斎藤さんのようなすごい人、やっぱり日々戦っているんだなと思って勝手に心強かった。自分はなんにも生み出せていない、と思う日々だけど、こうした人たちのオーディエンスである、そうあれることだけで幸せだ。受け取り手であることで文学は生きていくんだから。

涼しい夜道、こぐまと「神楽坂まで歩こう」と歩き出したら迷いに迷って1時間以上かかった。住宅街散歩楽しかった。

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